雑でも記事化する理由

環境構築の記事を二つほど書いた。1 2

見返してみて思うが、このブログのキャッチフレーズに「殴り書きログ」なんて書いて保険をかけているとはいえ、正直、雑過ぎる記事だ。

WSL2 + Ubuntu に関する記事は、少し検索すれば、公式サイトから丁寧に書かれたブログまで優良な記事がたくさん出てくる。わざわざこのブログのように何重にも劣化したコピーをまき散らす必要は本来はないはずだ。

じゃあ、なぜ書くか?と打ちかけたところで、以前にすでに書いたことを思い出した。人目に触れる可能性の効果だ。

なので、別のことを書く。

劣化コピーになったとしても自分でまとめる意味はあるのか? ある。他人からすれば劣化コピーに見えても、後から見返したときに、自分の理解度と手順を基に書かれた記事が一番見やすい(思い出しやすい)。また、一度は正常に動いた成功体験が同じ行動を取るときの心理的ハードルを下げてくれる。

以上はとても重要なことだ。なぜなら、久しぶりに環境構築したりコードを書こうとするときにいつも思うが、びっくり過ぎるくらい忘れている。頭から消え去っている。思い出せない。

そんなとき、1から調べるのは大変めんどくせー。自分で書いた記事があるとその負担がかなり減る。繰り返しになるが、自分で書いた記事は、過去の自分の記憶(成功体験)を甦らせるトリガーになり、行動の億劫さを消してくれる。そのたびに過去の自分にありがとうと言いたくなる。先人にはもっと感謝。

ということなので、プログラミングにかかわらず、学んだことは積極的にまとめた方がいいかと思う。ただ、Qiita とかで雑記をやっちゃうと怒られそうなので、WordPress でやるのが気楽でいい。

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